ぼくらの一橋戦争

私大付属校から外部受験をしようとする高校2年生のありのままの記録

20.12.08(火) 言葉の力

 「強さ」を引き出すものは、言霊ではないでしょうか(本気で言ってる)。言葉には人間社会で人間をその言葉の意味に近づける力がある。私はそう思います。

 リンゴとか水とかパンとかの「言霊実験」は私は信用しません。そうしたら「神」が存在することになります。まあ、私の意識が存在しているのだから神はいるのではないかと思っていますが、それはあくまで宇宙が誕生した時の話で、社会というものの存在はまったく考えずに、私個人で私の意識の存在の超根本的理由を考えた時に、神はいるよなあと思うだけですので、社会というものの存在を認めて生きている日常において神の存在を想定することはありません。

 

  社会で生きるときに必要なのは「自分の世界を作る」ことだと思いました。他人からの評価をそのままうのみにしたり、自分の周りで起きる事柄からその雰囲気のそのままに影響されたり。そうすると、ネガティブなものが連続する環境では、本当につらいです。

 自分の望む言葉で自分の世界を作ればいい。確かに考えが凝り固まってしまう危険性はありますが、そもそも私たちは自分の世界で生きているのです。むしろ考えが偏らないようにするために必要なのは、「自分の世界を作り続けること」です。この世界で自分が想定していない範囲で起きることに、自分の解釈をつけることで、自分の世界を広げることができます。人に言われた言葉通りに自分の世界を作ると、とても苦しいです。子供は自分の言われた言葉通りに自分の世界を作ってしまいますから、やはり子供時代に浴びた言葉というのは「自分の世界」そのものになってしまいます。

 逆に、他人の言葉を受け入れるな、ということでもありません。他人の言葉からどうやって自分の言葉を作るか、そこに(葛藤とまではいかなくても)今まで自分が持っていなかった思考を獲得しようという意識は必ずあるべきです。

 私は今はとにかく同日模試までに全力で勉強しなくてはならない状況にあるのですが、それでも過去の他人からの言葉が今の私にも時間を超えて突き刺さっています。それを完全に振り払うことはできないかもしれません。しかし、それにとらわれ続けられたくはありません。そのために、希望の言葉をここで作っています。

 個人の性格については「言霊効果」はあると思います。その人の身の回りで起きる事象よりも先にその人が生み出した言葉が存在して、その意識が事実認識に影響を与えていると思います。そういうことを考えているからそういうものが目に付く、ということです。

 ですから私も、短期的な目標を近づける言葉を話さなくてはなりません。長期的な目標ですと挫折してしまいますから。今日を生きる言葉を自分で説明して、自分の世界を求める方へ広げていこうと思います。