ぼくらの一橋戦争

私大付属校から外部受験をしようとする高校2年生のありのままの記録

20.11.28(土) ルック・マイセルフ

 今日、担任からこの週末が勝負になると言われました。何の話かというと、そう、期末テストです。結果は内部推薦にもろに影響します。私は今回のテストのスローガン?というか、このテストの結果として「おそらく、青春が決まる」と思っています。全力を尽くせるか否か。それだけです。

 ちなみに昨日、久々にある友達と電話で話しました。内容は多岐にわたり、屋上の怪奇(チックな)現象や人間関係を観察し予測する日常の視点など、書きたいことは多々ありますが、自分が思い出せるようにインデックス的に上に書くにとどめることにしました。

 ただ、その中で一つだけ、ここに詳しく載せたいことがあります。それは「時間の経過は一瞬である」ということです。当たり前ですが、そういうことです。1週間なんて秒です。だとしたら、勉強する5,6時間なんてまさに光の速さ…、と言いたいところですが、音の速さ、というくらいが比率として正しいのでしょうか?わかりません。とにかく、どうせ一瞬ですから、勉強しますか、ね!

 そして今日の夜、珍しいことがありました。きょうだいげんか、とでも言いましょうか。私のひょんな行動からちょっとした口論が起きてしまいました。ただ弟も中学生ですので、なかなかちゃんとロジックを組み立てて話そうとします。そのロジックが確かに成り立っているけれども一般的に説得力を持つものではないなあ、なんて思ったりもしましたが笑。何が嫌で何が解決策なのか。もともと日常でたくさん会話をする間柄でもありませんから、今日あれだけ喋ったのは後にも先にも珍しい事件です。

 一通りお互いの考えを喋った後は、その議論の根本の話にもなるのですが、生き方や勉強についての話になりました。勉強は自分の精神世界の拡大のためにやっているのもそうだが、社会に存する他者から尊敬されるために取り組んでいる面もある。これについては学校秀才の弟とも考えを共有できました。他にも、生きるうえで最も大切なのは「面白さ」である、という私の考えに弟は同意しているようでした。中二の時に気づいたとか遺伝子が私と自分は同じなんだなとか言ってましたが、私はその「面白さ」とか「楽しさ」が生きるうえで求めるものすべての根本にある、私たちの欲求のただ一つの対象物なのだということは普遍的な事実なのではないかと今のところは思っています。弟は「面白さこそ正義」「つまらないものは悪」とまで言ってましたが(自分の中で正義、悪という意味で、他者にもその定義を適用しようというものではありません。)、きっと誰もがそんな感じなのではないでしょうか。

 もう一つ。弟が話の折に触れて面白いことを教えてくれました。論説文で呼んだらしいのですが、「現代人は他者から見た自分は意識するのに自分から自分を見つめようとしない」らしいのです。確かにそうです。勉強でも人に勝てないということは過去の経験から推測できる。しかし、自分が自分を見る目をもっていたなら、自分が自分に何を求めているかを認識して、その求める理想の姿その通りに、自分は机に向かうのだと思います。面白いものを挑戦して苦しい思いをしてでも追い求めるのだと思います。

 それができれば、一人でも努力することができます。しかしそれには強い意志が必要です。こればっかは、明日からのトレーニング次第ですかね。

 では、おやすみなさい。